主権者教育の推進に寄せて


主権者教育推進機構理事長
主権者教育学術会議委員長
松田 学

 

 

 現行憲法が施行されて70年を迎えました。昨今では憲法改正の議論も盛んになっていますが、日本国憲法の基本理念として掲げられている主権在民・民主主義、基本的人権、平和主義といった柱は、人類普遍の価値として今後も生き続けるべきものでしょう。ただ、その理念を時代の変化に合わせてどう実現していくかは、私たち国民が主体的に考え、選択していくべき永遠のテーマだと考えます。
 この中で「国民主権」の意味も、改めて問い直し、時代に合った考え方を確立すべき時期に来たのかもしれません。国の安全保障でも経済的な繁栄のあり方の面などでも、ややもすれば米国依存と言われてきた戦後の日本に欠けてきたのは「自立」の精神だと言われます。国だけでなく、国民も自らの生き方を政府や企業などの組織に依存し、大事なことは他者が決める中で、長いものには巻かれながら自分は大過なく過ごせればいい、そこから政治も行政も企業社会にも、無責任体制が蔓延するようになりました。
 結果として、何か問題があれば政府の責任にする風潮の中で、社会の様々な課題解決が先送りされてきました。主権在民の本質は、決して政府の権力を抑制したり、国に何かをしてもらおうとすることだけにあるのではありません。一人一人の国民が自ら直面する課題に当事者として向き合い、社会のために自分は何ができるかを考え、課題解決の上で必要なことを国や行政に求めようとする主体的な営みにこそ、民主主義の真髄があります。
 いま、日本が将来を切り拓いていくために迫られているのは、「戦後システム」からの転換だと言われています。それは、中央集権官僚主導の仕組みのもとで、政府も民間も、縦割り産業別の組織中心社会を営んできた戦後日本の経済社会の姿でした。日本の全体システムの再設計に当たって必要とされているのは、産業組織などの供給者側の論理よりも、消費者側、ユーザー側に起点を置いて、一般国民に価値を創造し、提供し、保証する仕組みへと、様々な社会システムを組み替えていくことです。これから主役になるのは、政府や企業などの組織ではなく、一人一人の自立した国民です。
 大事なのは自立思考です。自分の幸せとは何なのかを自ら考え、各自に与えられた人生において追求する価値を自ら選択し、創造していく。そのために自立した個人どうしが連帯することで結びつき、社会の課題解決につなげていく。そのような営みの中から、生き甲斐と新しい価値が生み出される時代になっていると考えます。
 「公」(パブリック)という言葉があります。戦後の日本では、その担い手は「官」、つまり政治や行政だとされてきました。これからは「民」が自ら担い手となる「公」の価値こそが、日本の経済社会の軸になり、「官」はそうした「民」の力をサポートする側に回る。
健全な民主主義を支えるのは中間層ですが、いま、欧米で格差拡大とともに中間層の崩壊が進んでいる中にあって、幸い、日本の中間層は未だ健在です。
 「課題先進国」という言葉があるように、人類共通の課題に世界で最初に直面することになった日本の最大の強みは、決してエリートの知識などではなく、一般国民の持つ課題解決力です。これによって目前の危機を克服することで、日本が各分野で世界一を築いてきたのは歴史が示すとおりです。
 21世紀は、そうした日本が生み出す日本ならではの課題解決モデルを、世界が必要とする世紀なのだと思います。ごく普通の国民が課題に向き合うことで、一人一人の生き甲斐や豊かさが実現し、世界に、そして次世代に誇れる「新たな国づくり」ができる。そのようなチャンスを迎えているのが今の日本だと思います。
 私は「主権者としての国民」の今日的な意味合いをこのように捉え、主権者教育は、そのような社会の主役としての自覚的な個人を育てることにあると考えています。
 最近では世界的な現象として民主主義の危機が叫ばれるようになっています。自ら課題に向き合い、建設的な提案を主体的に行っていく課題解決型のコミュニティーやフォーラムを、日本の各地に、そして各分野に生み出し、広く国民の参加と生き甲斐と価値創造の場としていく、このことは、国民本位の健全な民主主義の基盤を育てていく上でも大事な営みだと考えます。私は、そのような文脈のもと、新たな国民運動の展開を展望するような主権者教育を推進することに、微力ながら貢献できればと考えています。
 国民各自の人生の価値も、地域や社会のあり方も、国の命運も、決して与えられるものではありません。それは私たち自身が自らの決意で選択し、創り出していくものです。
多くの皆さまのご賛同、ご協力、そしてご参加を期待しております。